secret heart plus

さきっぽのGH二次創作ブログへようこそ。

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きみはペット(後半)





強制させられているという意識が強すぎたのだろうか。
一晩明ければ、昨日は全く気付かなかった事が山ほどあった。


「良い匂いでしょ?」


ナルの衣服を干す時だけ変化する麻衣のなんとも言えない嬉しそうな表情。
丁寧に皺を取り除きながら次々とハンガーに掛けてゆく。
その手際の良さは普段の彼女からは想像がつかないどころか、目の前にしても似合わないと思わせるほどだ。


「ナルのまくらー」


枕カバーを替える時には、一度それに頬を寄せてぎゅっと抱き締めていた。
彼女はひとつ大きく息を吸い込んで、ふわんと柔らかく微笑む。
それに倣って麻衣の枕を腕に抱いてみると、シャンプーの香りが鼻を掠める。
同じものを使っているというのに、まるで違うその香り。


「えーっ!昨日もやったのに、これもやるの?」


清潔に保たれたほとんど白に近い雑巾で床を拭く時は、文句を言っていたくせに、懸命になり過ぎて額に汗を滲ませていた。
そんな彼女を横目に見て、まるで子供のようだと思う。
微笑ましい光景にぐっと頬を引き締めたら、すっごい仏頂面、とか、そんなような事を言いながら麻衣がフローリングを転げ回った。
それには何がそんなに楽しいのかと首を傾げるばかりだった。


「お昼の欄はここ」


食事は菜食主義者であるナルがバランス良く栄養を取れるよう、一週間分の献立が作ってある。
おおざっぱな麻衣の性格からは考えられないほど癖のない綺麗な字。
そう言われなければ麻衣が書いたものだと気がつかないだろうなと思って、知らずに顔をしかめた。


「そこは一昨日の夜からバッチリだもんね」


ふと思い立って覗いた靴箱には、ナルが毎日履く革靴が綺麗に磨き上げられ、麻衣の小さな靴に寄り添うように置かれていた。
家を出る時にはフロアに出されているのだろう、いつものように。

得意気な彼女の頭を軽く小突く。
いつもこんなふうに過ごしているのだろうか。
ナルに関わるもの全てが嬉しい、愛しい、まるで宝物を扱うよう。
ころころと変わる表情はその殆どが幸せに満ち溢れていて、正直見るに耐えない。
呆れるほどに楽しそうだった。





「はいナル、あーん」


箸で掴み上げたアスパラを上機嫌で口元に運ぶ麻衣に、ナルは眉間に皺を寄せると心底嫌そうな顔をした。


「それは無理だ」
「ダメ!昨日は出来なかったんだから」


考えるまでもなく首を振って却下するが、麻衣も負けじと強い意志を持った視線を寄越す。
全く引く様子のない彼女に深い溜め息が漏れた。


「ほら」


今にも唇をこじ開けられそうな雰囲気に麻衣の持つ箸を下げさせて、同じように返してやる。
彼女は一瞬目を見開くと、恥ずかしそうにはにかんで小さく口を開けた。


「んん…あれ? おいしい」


何事かを考えるような素振りでもごもごと口を動かしていた麻衣が、首を傾いでそう言った。
そうかと小さく返すと、これも、と彼女は小鉢を指差した。


「もっと口を開けろ」
「もっとって…あたしこれでも一応女の子なんだけど」


小鉢の中に綺麗に盛られた蓮のきんぴらを一掴み、口元で軽く揺らす。


「うるさい、無理矢理ねじ込まれるのが趣味なのか?」


長い付き合いで分かった麻衣の苦手な表情を浮かべると、彼女は軽く仰け反り頬をひくつかせた。


「うわぁ…なんかげひ、んんっ!?」
「黙れ。食事の最中くらい静かにしていられないのか?」


何事かを言いかけた麻衣の口に待機していたきんぴらを詰め込んでやる。
文句の一つでも返ってくるかと思ったが、彼女は意外にも大人しくそれを咀嚼した。


「開けろって言ったのはナ、っうぐ!」
「減らず口を叩くな。僕はお喋りな口を開けろとは一言も言ってない」


麻衣の細い喉が咀嚼したものを嚥下していくたびに、箸の先で唇をつつくようにしながら次々と食べ物を含ませてゆく。


「無理矢理入れないでよ!もうちょっとゆっく、んん!?」


いい加減怒り出しそうな雰囲気に、瞳を眇めて目元を緩めた。


「美味いか?」


そう問うと、麻衣は少しだけ頬を染めて頷く。
自分で食べるよりも?
そう訊きたかったがやめておいた。

そんなやりとりをしているうちに、麻衣はとうとう箸をテーブルに置く。
小さな口に次々と料理を運びながら、その合間にナルもゆっくりと食事を取った。
嬉しそうに身体を揺らす彼女を、ふと、まるでペットのようだと思う。
子供ではなく、これはペット。
そう考えると不思議と彼女の喜ぶように行動出来たし、自分も大いに楽しめた。

麻衣はペット。

人が自分を奮い立たせるため、鼓舞するために心の中で呟く言担ぎのようだ。
それはまるで呪文のようにナルの中に浸透して、自然と目元も緩む。
麻衣が愛情や歓喜を体中から溢れさせ、尻尾を振っている犬のようにさえ見えた。



夕食を平らげ一緒に手分けして後片付けを済ませる。
湯を張る間は何を話すでもなく毛足の長い絨毯の上に並んで座り、彼女の淹れた紅茶を飲んだ。
その後は犬の如く嫌がる彼女を引き摺って風呂に入り、頭の天辺から爪先まで余す所なく綺麗に洗う。
風呂から上がると機嫌を窺う為に昼間買っておいたアイスを与え、それを上機嫌で食べ始めた彼女を脚の間に座らせると、濡れた髪を乾かしてやった。

始終声を上げて笑う麻衣を眺めながら、やはり子供ではなくペットなのだと思った。
勿論、どちらかと言えば、の話しだけれど。


「ナル?」


散々世話を焼いたあと、久しぶりに同時にベッドへ身を沈めた。
腕の中で身動ぎした彼女を、枕に顔の半面を埋めながら見下ろす。


「疲れたでしょ?」


そう問う麻衣に軽く首を傾いだ。
そう言われれば、朝から夕方まで動いていたというのに驚くほど疲れを感じないし、少しの倦怠感もない。
心配そうな表情の麻衣をからかって遊びたいという欲求に駆られたが、麻衣の指先が何度も頬に触れたことが心地よくてやめた。


「……いや」
「そっか。ありがと」
「ああ」


たまにはこんなふうに甘やかしてやるのも良い。
しかし…


「いつまでもこうとはいかないか」
「ん?なに?」


躾に関わる、と聞こえないように小さく呟くと、麻衣は訝しげな表情で見上げてくる。
彼女の頭を抱き込むようにして誤魔化してから、その温もりにぴったりと身体を寄せた。


「麻衣、子供」
「は?なに?」
「子供」


短くそう言うと、暫しの沈黙の後、腕の中の身体が控えめに暴れだす。


「なによそれ、あたしが子供ってこと?」
「馬鹿、違う」


ひとつ苦笑を零し、大人しくなった麻衣の背を撫でる。
その耳元に英語のスペルを注ぎ込むと、難しそうに唸った麻衣が顔を上げた。


「めいくらぶ、とぅ?」
「そう」
「どーゆーいみ?」


きょとんと見上げてくる麻衣に口づける。
夫と妻としての関係を築いてからもう二年。
二人の生活にお互いが慣れるまでと、緩やかな時間を過ごしていた。
だが毎日がこんなふうでも悪くはない。
特殊な能力のある者同士の子供になるのだ、能力的にも立場的にもその将来を案じない訳ではないけれど。
それでも麻衣とならばどうにかなるような気がした。


「Try to have a baby」


――please darling.

囁くように耳の奥へと吹き込まれ、麻衣は頬を真っ赤にしてナルの胸元に爪を立てる。
そうして麻衣は、滅多にない夫の甘い誘いに小さく頷いたのだった。





end





――――――――――――――――――――――




更に誰さこれ、って感じになっちゃいました(A;´・ω・)
前半最悪だったからギャグで終わらせようと思ったのにどうしてですか!?

手直ししようと思ったけどどうにかなりそうな感じじゃなかったので投入!
うちの博士は頭のネジも緩んでれば他の部分も緩んでるようです。
なんたること!!!




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  1. 2010/08/30(月) 14:24:34|
  2. ナル×麻衣
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きみはペット(前編)




忘れていた…という訳ではない。
ただ、そういったことを重要な物事として捉えきれないだけである。
それは誰もが分かっているはずだった。

しかし、分かっていることと寛容出来る事、それが常にイコールで結び付くかといえばそうではないわけで。
彼がその日を普段と変わりなく過ごしたとして、果たして誰が彼を責められようものか?
そう問うのなら、誰もが彼女の名を挙げるだろう。


――今日一日、あたしの言うことに逆らわないこと。


激怒した彼女が突き付けた仲直りの条件は、彼が軽く眩暈を起こすほどに難解なものであった。

そう、彼にとっては。





きみはペット





「ナル。洗濯機止まったよ」

「ナル!それお風呂用のマジックリン」

「ナル、特売日だったの!早く行かなきゃなくなっちゃう!!」

「なーるー!寝ちゃダメだってば。シーツ替えたら布団取り込むんだから」

「ナル? あたしはあんたと違ってきちんと三食食べるの」

「ナル、ちゃんと拭かないとカビちゃうって。そこは乾拭き」

――ねぇ、ナル。

ナル。




「ナルってば!」


耳元でそう叫んだ麻衣の声に、思考の旅から現実へと引き戻された。
緩く首を振って耳の奥にわだかまる彼女の声音を追い出す。


「まるで僕の大安売りだ」


先ほど麻衣に引き摺られて買い出しに出掛けた。
そこで叩き売りされていた商品が販売員によってやたらと連呼されていたことを思い出し、不快感に顔をしかめる。


「ねぇナル。ちゃんと聞いてた?」


あからさまにむっとした表情の麻衣にそう問われ、深く息を吐く。

まだ読みかけの調査資料は今朝方一枚残らず彼女に取り上げられてしまった。
休日中に家で仕上げようと持ち帰った論文のバックアップも既に安原の手に渡っていると言う。
書斎には鍵が掛かっていて、中から本を持ち出すどころか休息に入ることすら叶わない。
その鍵ですら、家の中にはないのだとか。


――限界だ。


まだ湯気を立てている出来上がったばかりの夕飯を前に、椅子から立ち上がると斜向かいに座っている麻衣を見下ろした。


「もういい加減にしてくれ。僕は家政婦じゃない」


硬い声音でそう言うと、麻衣は大きな瞳を不思議そうに瞬かせる。
普段ならば気取られない程度に目元も緩むであろう。
そんな彼女の仕草にでさえ苛立ちを覚えるほど、ストレスはピークに達していた。


「なに言ってるの?」


心底分からないといった麻衣の表情に、握った拳に力を込めた。
何を言ってるも何も、そのままだろう。
鳥頭だけじゃなくとうとう耳まで悪くなったか?
そう口を突いて出そうになった言葉を、沈黙と共に飲み込む。


――自業自得でしょ?


麻衣の勝ち誇ったような声音が耳に蘇る。
それをかき消すように目を閉じると、彼女の暖かい指先が腕に触れた。


「ナルってば、鈍感すぎ」


困ったようなその声で麻衣が苦笑したのが分かった。
瞼を上げると、小さく首を傾けて悲しそうに笑う彼女と目が合う。


「そんな言い方されたら…ナルがまるであたしのこと、いつも家政婦だって思ってるみたいじゃない?」


そんなつもりで言ったんじゃない。
否定しようと口を開くが、麻衣が緩く首を振る。
分かってるからヘーキ、と、笑った彼女が普段よりも少し小さく見えた。


「あたし、ナルのこと家政婦だなんて思ってないし、そんなふうに扱ったりしてないよ?」


無理をして笑っている。
一目見ればそう分かるような儚い麻衣の微笑みに、まだ温もりが残る椅子ではなく、彼女の腕を強引に引き上げてリビングのソファへと腰を落とした。


「あたし、ナルと一緒に居たかっただけ」


その言葉に表情は動かさずとも小さく息を呑んだ。
冷静になって思い返せば、確かにそうなのかもしれない。
買い物も、掃除も、洗濯も、食事の支度も、全部二人でやったのだから。
麻衣がナルだけにやらせたことなど何一つとしてなかった。


「麻衣」


居心地悪そうに立ったままの彼女の身体を引き寄せる。
ソファに深く座り直すと膝の上に跨らせ、腕の中に閉じ込めた。


「悪かった」


肩口に顔を埋めるようにしてそう言うと、麻衣は驚きに目を見開く。
そうして小さく苦笑を零し、微動だにしないナルの髪をゆっくりと梳く。


「変なナル。ナルがオンナゴコロ、分からないのなんて、今に始まったことじゃないじゃん」


充分楽しかったからいーよ。
悪戯っぽく茶化してそう言う彼女に、思い切り顔をしかめた。


「僕は違う」
「うん、ごめんね」


ぼそりと呟くと麻衣は泣きそうに顔を歪めた。
でも麻衣は絶対に泣かないし、そんな表情をナルに見せることもない。
けれどナルは、不器用な麻衣が気取られないように時折そんな表情を隠していることを知っていた。
そしてまた麻衣も、不器用なナルが麻衣のそんな変化に気がついて心苦しく息を詰めるのを知っている。
ただ、口に出さないだけで。


「やり直すぞ」
「へ?何を?」


思い切ったように顔を上げると、琥珀色の瞳をきょとんと瞬かせた彼女が首を傾ぐ。


「全部」


短くそう言えば彼女は暫し思考の波を漂い、そしてぷっと小さく吹き出した。


「いやいや。ナルが完璧主義者だってのは嫌ってほど分かってるけどさ、誰もそこまで」
「麻衣」


目に涙を溜めるほどに笑いを堪えながら話す彼女の言葉をせき止める。
背中を丸めることで、膝に乗せてもなお少し下にある麻衣の目線に視線を合わせた。


「結婚記念日だろう。二人で祝うものだと僕に言ったのは誰だ?」


琥珀色の瞳を真っ直ぐに見詰めてそう言うと、麻衣は堪えていたはずの涙をぽろぽろと零して頷いた。





――――――――――――――――――――――




誰さこれ、って感じになっちゃいましたwww
うちのナルはただでさえナルであるのか怪しいのにまた更に遠い存在に…
といってもどういうナルなら本物なのかって言われても分からないし、私の中では主上のナルしかナルじゃないわけです。
どんな博士に出会っても残念ながらそれは全部偽物なのですね。


ただ限りなくそれに近づけることは可能なのだと思いますから、これからも頑張ります!
でも今回は書きたくて書きたくて…勢いで書いたものなので見逃してくださいませ><


後編へつづくのか!?
  1. 2010/08/01(日) 19:27:27|
  2. ナル×麻衣
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孤高の花 after


小さく寝息を立てる少女を見下ろす青年は、優雅に微笑む。
少女の左手の薬指には暗闇でも月の光を反射して煌めくリング。



麻衣はいつになったらそれに気がつくのだろう。
そしてその後どんな反応を見せてくれるのだろうか。

怖い、けれど、こんな高揚感も嫌ではない。



黒髪の青年は細いリングの嵌った彼女の手を持ち上げると、そっと口づける。

神聖なる儀式。

まるで暗闇に一筋落ちる唯一の光の様な
天空に向かって綻ぶ大輪の花のような

そんな彼女がきっと自分のものになるように。

たった一つの純粋で完全なる願いを込めながら…




「happy birthday. my dear」


誰もが聞いた事のない青年の甘やかな声音は、スッと闇に溶ける。



何度手を伸ばしても手に入れることの出来ない光に想いを馳せながら、青年は少女を優しくその胸に抱くと眠りに落ちた。





end




  1. 2010/07/06(火) 04:10:03|
  2. ナル×麻衣
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孤高の花4





「お前は本当に馬鹿だ」


甘い雰囲気を打ち消すように言い放つと、麻衣はこめかみをぴくんと引き攣らせた。
けれど言葉とは裏腹に、後頭部を撫でる手は休めない。
そうしていれば彼女が自分の腕の中から逃げ出さないことを知っているから。


「僕がお前の気持ちを無視したことがあったか?」
「はぁ?あるでしょーが、数えてないけど、そりゃあいっぱい」


がばっと勢いよく顔を上げ、間髪入れずに反論する彼女の目元に、今度こそ欲求に逆らわずそっと唇を落とした。
数回繰り返すと彼女はくすぐったそうに身を捩り、背中に回していた腕を解いて胸元をそっと押し返してくる。
不可解な行動に多少なりとも気分を害され、彼女の狭い額をがしっと掴んでシニカルな笑みを浮かべた。
彼女がこの笑みを好まないのは知っているが、そんなことはどうでも良いことだ。


「ほう、それは気がつかなかったな」


敢えて僅かに目を見開いてそう言うと、ちょっと!あんたねぇ、と、額を掴んでいる掌をぐいと押しのけて、彼女が不満そうに声を荒げた。
しかしそれを遮るように掌を拘束している彼女の小さな手を口元に運ぶと、眼球が零れて落ちるのではと思うほどに目を剥いた彼女と視線がぶつかる。
そのまま彼女が何かを言いださないうちに言葉を紡いだ。


「言い代えよう、僕がお前の言葉に全く耳を貸さなかったことは?」
「それはっ…ない、と、思う…たぶん」


歯切れの悪い言葉に眉間に力が籠る。
びくっと震えた彼女が身を引こうとするのを、捉えた指先をぐっと引き寄せることで防いだ。

彼女にはこれだけでは不十分だ、というのは想定内ではあるけれど、どうして肝心なところでこうもネガティブなのだろうか。
自分がこれほどに譲歩してやらねばならない人間が、彼女以外の誰だというのであろう。
それが分からないのならば節穴という他ない。

彼女はそう感じているのかもしれないが、あまりに馬鹿馬鹿しくて却下することはあっても彼女の言葉を無視したことなどないし、その場では敢えて流したり聞かなかったことにしたとしても、彼女の言葉を聞き入れなかったことだって一度たりともない。

そう、彼女だけが気がつかないのであって。

あまりの素晴らしい節穴ぶりにともすれば頭痛がしてきそうになるこめかみを指先で押さえる。


「では、ここから出ていけといったことは?」
「え、と…ない? と、思うけど」


暫し考えるように視線を浮かして答えた彼女に、何故疑問形なんだと問い詰めたい衝動を堪えて息を吐く。
これほど辛抱強く耐えねばならない理由がどこにあるんだ。
それともここまで言えばさすがの麻衣でも分かるだろうという考えがよほど甘かったのだろうか。


「お前を必要ないといったことは?」
「あー…ないんじゃ、ないかな」
「はっきりしろ!」
「だってそんなの分んないじゃん!寝てる間に言われてるかもしんないし、言ったけどあたしが気付かなかっただけとかもあるかもしんないし!!」


困ったように眉尻を下げた彼女に、今度こそ怒りが沸き上がる。
自分はこんなにも短気だったろうかとふとした疑問が沸くが、それもこの手のかかる女のせいだと一瞬で納得した。
寝てる間になどと、どういう思考回路を持てばそんなことが吐けるというのか。


「もっと自信を持ったらどうだ。僕は好きでもない女を部屋に上げるようなことはしないし、ましてや住ませるなんてありえない」
「いひゃっ!はなひて!!」


いくら鳥頭でもそれぐらいは判るだろう、と、イラつき混じりに柔らかく頬を抓り上げると抗議の声が上がった。
しかしそれも無視してきゅっと力を込める。


「構って欲しいのならそう言えば良いだろう」
「言えるか!」


間髪いれずの返答に深い溜め息が漏れる。
バタバタと暴れ出した彼女の頬から、そして握ったままでいた小さな手から両手を離し彼女の身体をそのまま腕に閉じ込めるが、非力ではあるものの、肘や拳が身体の至るところにぶつかり流石に少しばかり痛かった。

いつまでもこうしていては埒が明かない。
抑え込むように更に腕に力を込めると、ぱったりと大人しくなった彼女に小さく息を吐く。


「一人で拗ねるな」


朝食をとってそれきり、通常休日は例え喋らなくても煩いぐらいにまわりを行ったり来たりしている彼女が、何故かことんと静かになった。
今朝までに兆候はあったものの、いつもの彼女からはこんなふうに黙って黙々と家事をやっていられるとは思えなくて驚いた。
書斎の窓から窺えるベランダで彼女が溜め息を吐くのを何度も見掛け、さすがに仕事以外の用件で放っておくのも忍びなくなってしまったのだ。
夕方までにはひと段落させその後何か彼女が喜びそうなことをしてやろうとは思っていたが、ベランダを忙しなく行ったり来たりする暗い顔の彼女に気を取られ、活字も同じように目で追うばかりで何も頭に入らない。


「お前は隠すのが下手だから言わなくても分かる。だが聞かれなければ、言われなければ、言葉や行動にするのが難しいことだってある」


それぐらい判れ、と、強請るように言うと、彼女は小さく噴き出した。


「ナルって難しいね」
「単純なウサギやクマとは違う。何かあるならその都度言え」


そう絵本になぞらえて彼女を覗き込むと、目尻に少し涙を溜めた彼女は笑いながら、はいはーい、と頷いた。
それを見るや、この数週間自分には何が足りなかったのかがなんとなく頭を掠めた。
眠っている彼女に触れても言葉を掛けても、何か足りないと思うばかりでそれが何だったのか分からなかった。


「余計な事を考えている暇があるならちゃんと僕を見ていろ」


額を隠す前髪を掃けてそこに口づけると、彼女はふわりと微笑んだ。
中途半端に脳内に燻っていた考えが確信に変わる。
事務所やリビングなどで笑う彼女は目にしても、それは自分に向けられたものではなく、自分以外の人間や動物、情けないことに果てはテレビなぞに向けられたものであった。
自分は彼女に飢えていたのだ、彼女の笑顔に。
怒らせるのも泣かせるのも恥じらわせるのも、彼女が相手であればあるほどに自分の心が浮き立つのを感じる。
しかし笑顔だけは、麻衣のものでなければならないのだ。


「もう仕事、良いの?」


ぼうっと彼女の顔を眺めていると、あたしもうヘーキだよ、などと説得力のない困ったような表情で言われゆっくりと首を振った。
仕事と言えば仕事なのだが、違うと言えば全く違う。
しかしそんな事をわざわざ言って浮上した麻衣を突き落とさなくて良いかと思う。
彼女がそう勘違いをしていたからこそここまで均衡がもっていたのだし、その勘違いの甲斐があり自分も彼女とゆっくり話すきっかけになったのだから。


「今日はもういい、夕方には切り上げるつもりだった。それより、僕に言うことがあるんじゃないか?」


膝の上に抱えるように抱き直すと、彼女はきょとんと首を傾ぐ。
これには心底呆れたような顔になってしまい、そんなナルの顔を見上げると、麻衣は慌てたように視線を彷徨わせて一生懸命何かを考えているようだった。


「お前は隠し事が趣味なのか」
「ちがっ!なんのことだかわかんないってば!!」


にやりと笑うと両手で肩を掴まれ、必死に揺すられる。
これはこれで良いか、と、彼女の脇と膝裏に腕を差し込んで抱き上げれば、麻衣はバランスを崩して首筋にしがみ付いてきた。


「今日はお前の誕生日だろう、そんなことも覚えていないのか」
「うそっ…覚えてたの!?」


彼女の小さな身体を抱えたままリビングを颯爽と抜けてゆく。
呆けたように見上げてくる彼女に少しばかり口の端を上げてやると、途端に強張る身体。
こんな少々の表情や感情の変化についてこれるのは、後にも先にも彼女だけだ。
ぎゅっと力を込めて小さな身体を更に引き寄せた。


「ペナルティ」
「なんのだよ!」


心底不満そうに声を張り上げる彼女を、辿り着いた寝室のベッドに遠慮なく放り投げる。
二人で眠るのにも余るほどのそのベッドは、彼女の小さな身体を数回リバウンドさせると小さな埃を舞い上げた。
それは強い陽射しに照らされて煌々と空中を漂う。


「誕生日を僕と一緒に過ごしたいと正直に言えなかった罰」
「うっそ!誕生日なのにひどい!ってゆーか、覚えてたんならプレゼントは!?」


ベッドに沈んだ身体を慌てて起こした麻衣を小突き再びそこへ沈ませると、両手を胸の前でぐっと握り見上げてくる彼女にゆっくりと覆いかぶさる。
ちゃんと用意してある、と小さく甘やかに耳元で囁くと、頬を染めた彼女はパッと表情を綻ばせた。

本当に分かりやすい。

口には出さずに苦笑すると、キラキラと瞳を輝かせた麻衣が小さく首を傾げた。
早くくれとでも言わんばかりのその表情に、彼女が好きなとびきりの頬笑みをくれてやる。


「麻衣の欲しいものは僕。充分だろう?」


数瞬の間の後、固まっていた麻衣の耳を劈くような哀れな悲鳴は、寝室に響き渡る前にナルの口腔へと吸い込まれていった。





  1. 2010/07/06(火) 04:09:05|
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孤高の花3

side-noll



「ね、じゃあさ。どういう人が好みなわけ」

目眩がした。
お前は馬鹿か、と、思わず口を突いて出そうになったが、寸でのところで飲みこむことに成功する。
機嫌が浮上したと思ったら今度は一体何を言い出すのか。
横目で窺った彼女は四つん這いになり、はちみつを零したような瞳を煌めかせながら此方を見ていて、深いため息が零れた。

実に楽しそうな彼女は今か今かとナルの言葉を待っているようだった。
ここのところ構ってやれなかったのが気掛かりで書斎から出てきたのだから、ここで無碍にし彼女の機嫌を損ねればそれも無駄な行動となるだろう。
良心などというくだらないものが自分に存在するかは怪しいが、彼女とそれに関わる者たちに関してはほんの欠片でもあるのかもしれない。
故に先日イギリスで発表された最新の論文を放り出してまでこうしているのだから。

彼女に関わってから、少し前までは考えられないようなことが次々と自分の身に降りかかるのは正直面白くなかった。
しかし、それを間近で見ている彼女が楽しそうに笑うのだから、それも悪くはないと思う。


――が、それとこれとは別だ。


自分の失言で陥ったこの状況に甘んじているつもりもない。

背凭れに身を預け、足と腕を組んで視線を上げると、ガラステーブルの端に見覚えのある絵本が目に入った。
先日麻衣が購入してきたもので、内容も確認済みである。
こんなものを読んで何が面白いものか甚だ疑問ではあったが、読んでみるとそれは麻衣の琴線に大いに触れそうな内容であった。

他人の忠告を受け入れず己の感情に忠実に動き回り、けれど周囲への配慮や気遣いに苦心しながらナルと共に歩むことを決めた彼女にとって、それはそれは大切なことが描かれているのだ。
こんな絵本ひとつに振り回されるなどくだらない。
しかし彼女がこれを読んでどう思うかぐらいは分かっているつもりだ。


「うん?」


さも今見付けたとばかりに首を傾げて絵本を覗き込むと、それを手に取った。
彼女から見て不自然にならぬよう細心の注意を払いながら、読み飛ばさないようにきっちりと絵本を捲ってゆく。
その名の通り絵ばかりの、ほんの数ページしかない絵本はものの数分で読み終わり、音を立ててそれ閉じると彼女を見つめた。
単純な彼女はナルがそれに興味を持ったことが嬉しかったのか、微かに目元を緩めて。


「前に図書館で読んだの。たまたま本屋で見かけて買ったんだけど、これが良い話しでさ、すっごい泣けんの」


うんうん、と力強く頷く彼女の顔が、一瞬にして凍りつく。
思い通りの展開に口元を綻ばせてしまったようで、一瞬遅れてそれに気がついたが、彼女の強張った表情にまぁ良いかと笑みを一層深くした。
身体を起こして仰け反る彼女に近付こうと、革張りのソファに右手をついて体重をかけた。


「本を読む、音楽を聴く、映画やドラマを観る、そして泣く。そうすると何がしかの感情を持て余している人間は、多少なりとも気分が落ち着く。これは科学的にも証明されていることだ」


以前彼女が好きだと言っていた己の声を駆使して柔らかく紡ぐ。
子供に言い聞かせるように、それぐらいは知っているだろう、と、僅かに目を細めながら空いている左手で絵本をテーブルに置いた。
右足、左手、左足、順にソファに乗り上げ彼女と視線を合わせると、止めとばかりにうっそりと笑う。


「だがお前の場合は逆。泣きたくなるとそういう行為に走る」


そのままゆっくりと距離を詰めていけば、小さく息を飲んだ彼女は仰け反った体制のまま、無意識にだろう両手をぎゅっと握り合わせた。



単純な彼女の思考や行動など考えずともよく分かる。
随分長引いた調査がつい先日終わり、溜まりに溜まった資料やテープ・音声などを見直しついでに確認しながら報告書をまとめ始めると、少しばかり時間が掛かった。
その分納得のいく結果が出たことでその作業は苦にもならずに終わったのだが、報告書を提出すると同時に本国からの何十回にわたる電話やファックスに予定と違う行動をとらされ続けた挙句、とうとう訪れた我慢の限界に電話口で文句を言ってやったら、まどかが直々に乗り込んできてしまったのだ。

しかし予想外な事にそのまどかが持参した最新の論文が随分と興味深いものであった上に、著者である教授から数回にわたり本部を通してこれまた興味深い内容の文をもらい、やり取りをしていくうちに日が経っていった。
それが彼女を孤独へと陥れていることも分かってはいたのだ。
だがそれに関しては此方の言い分もある。
ただ放置していたという訳でもない。

会話自体は少なかったものの、リビングで眠りこけている彼女をベッドに運んでいたのは自分だし、彼女が覚醒するまでの間はずっと隣についてもいた。
就寝や起床の挨拶だって一日たりとも欠かしたことはなかったし、彼女の作った手料理がどんなに大業な味でも、自分の為にと必死で本を読み漁っていた彼女を目にしてからは残したことだってない。
ただ、触れていたのも言葉を掛けていたのも心を砕いていたのも、彼女が眠ってからや不在の時だったというだけで、追い込まれた彼女がそれに気がつかなかったのだから。



引き攣った笑いを零す彼女を目前に伸びあがると、口づけたいという欲求を抑え込んでそのまま耳元に唇を寄せる。


「どういう心理状況か教えてやろうか」


ふわりと香る彼女の香りを惜しみながら、麻衣の表情を窺うべくその場に腰を落としフローリングの床に足を下ろす。
眉を吊り上げると、呆けていた彼女はそのふっくらとした唇から小さく悲鳴を上げた。
その一瞬で我に返ったらしい彼女はふるふると首を振り、その反動で目眩を起こし身体を揺らせる。

彼女に関わっているとよく引き起こされる予想外の出来事。
そのひとつに苦笑しながら手を伸ばすと、ぐらりと揺れた頭部を抑え込んだ。


「馬鹿。大丈夫か」


頷く彼女の肩を左手で支え、後頭部をゆっくりと撫でてやる。
柔らかい髪が掌に心地良い。

そのうちに縋りつくように背中に回された小さな手がぎゅっとシャツを掴むのを感じ、思い通りの展開に、ナルはひっそりとほくそ笑んだ。





  1. 2010/07/06(火) 04:05:37|
  2. ナル×麻衣
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孤高の花2




「ねぇ、焼けるよ?」


眩しそうに目を眇めている彼を覗き込むと、頭が肩口にストンと降りてくる。
首筋に彼の艶やかな黒髪があたりくすぐったい。
小さく笑い声を上げると、麻衣の片腕を捉えた彼がおもむろに顔を上げた…といっても、日差しから目元を守るように微かに俯いてはいるのだが。


「お前は少し焼けたな」


すぅとなぞるように二の腕から指先まで掌を滑らせながら、相変わらず気持ちの読めない声音で彼が呟く。
灼熱の日差しが降り注ぐような真夏でもないけれど、毎日学校とバイト先の往復で、小麦色にはほど遠いが確かに少し焼けたと思う。


「いや?」


そのまま指先を弄んでいた彼にそう問いかけると、彼は面白くなさそうに視線を逸らせた。


「別に。色の白い女が好きなわけじゃない」


何の気なしに聞いただけなのだが、思わぬ彼の返答に頬が緩む。
それだけ言うと関心をなくしたように麻衣の傍から離れていく彼を、無意識に追いかけていた。
この数年の付き合いのお陰か、彼が照れているだけだと分かってしまったから。


「ね、じゃあさ。どういう人が好みなわけ」


リビングのソファに腰掛けたナルの横、すぐ隣りに座りたいのはやまやまだったが、彼の表情がよく見えるように離れた場所に四つん這いになり、無駄に広いソファの端から彼を窺う。
そんな麻衣を横目に見た彼は深く溜め息を吐いて、背凭れにゆっくりと身を預けると、長い脚と腕を組んで何かを考え込むように瞳を眇めた。

まさか真面目に答えてくれる気なのだろうか。
駄目で元々、そんな気持ちで問い掛けたが、思わぬ収穫がありそうな予感に笑いを噛み殺す。


「うん?」


動きのない彼ににじり寄ろうと右手を一つ前に踏み出したところで、彼がふと首を傾げてテーブルを覗き込んだ。
つられて視線を向けると、洗濯機が止まるまでと広げていた絵本が目に留まる。
しなやかな身体がぐっと伸ばした彼は意外にもそれを手に取り、数ページもない絵本をパラパラとめくってゆく。

本の虫は絵本も資料も論文も、文字や数字、本という本全てに興味を示すものであろうか。
そんなことを考えていると、ほんの数分の間の後、彼はパタンと絵本を閉じて窺うような視線を寄こす。


「前に図書館で読んだんだけど、たまたま本屋で見かけて買ったんだ。これが良い話しでさ、すっごい泣けんの」


うんうん、と力強く頷くと、彼の口元が緩やかな弧を描いた。
意地の悪そうな笑みに反射的に身体を起して仰け反ると、ぺたりと音を立ててナルの右手が革張りのソファに沈む。


「本を読む、音楽を聴く、映画やドラマを観る、そして泣く。そうすると何がしかの感情を持て余している人間は、多少なりとも気分が落ち着く。これは科学的にも証明されていることだ」


絵本をテーブルに置いてゆっくり言葉を紡ぐ彼の口元は、未だ笑みの形を崩さない。

「それぐらいは知っているだろう」

囁くように甘やかにそう言った彼は、ゆらりと身体を傾けた。
先日の実にタイムリーな講義を思い出す。
もう老婆の域に達しようとしている教授はとても優しく思慮深く、生徒一人一人への愛情に溢れていて、麻衣はとても慕っていた。
しかしそんな教授の講義ですら、彼の柔らかく心のうちに入り込んでくるような、刻みつけるようなそれとはほど遠い。

呆然と彼を見つめる。
流れるような声音と共に、右手に続き右足、左手、左足と、順にソファに乗り上げた彼は、獲物を見付けた肉食獣のように黒曜石の瞳を煌めかせてうっそりと笑う。
ゾクリと肌が泡立った。


「だがお前の場合は逆。泣きたくなるとそういう行為に走る」


獣のような歩行でじりじりと距離を詰めてくる彼に息を飲んだ。
先ほどまで自分が目論んでいたその行為は、かなりの恐怖心を伴って自らに襲いかかる。
麻衣の深層心理になど遠慮も何もあったものではない彼の剥き出しの言葉は、今にも断罪の剣を振り落とさんとばかりの低く地を這うような声音で紡がれた。
いつもの数倍鈍くなった思考では、しまったと思う間もなく、にじり寄った彼の端正な顔を間近に引き攣った笑いしか出てこない。
そのまま伸びあがる彼の鼻先が顎に触れる直前、スッと横に逸れたかと思うと、耳元を掠れた声がくすぐった。


「どういう心理状況か教えてやろうか」


麻衣の表情を窺うように再び目前へと再び舞い戻った彼が、実に愉快そうに眉を吊り上げたことに小さく悲鳴が漏れる。
ブンブンと音がなる程首を振ると目眩に襲われ一瞬視界が歪み、身体がゆらりと揺れた。
貧血のような感覚に陥り、即座に手を伸ばしてくれた彼に凭れこむ。


「馬鹿。大丈夫か」


後頭部を大きな掌が滑り、小さく頷く。
心地良い陶酔感に薄っすらと瞳を開けると、非力そうな彼の白い指先が肩をしっかりと支えていてくれるのが目に入った。
心理学を専攻しているのだ、そんなことは言われなくても分かっているし、彼が何故急にそんな事を言い出したのかも分からなくはない。
予想が当たっていればの話しではあるが。
けれど思い通りになってやるつもりもない。
ここのところ一緒に居てもそうでないようで、本当に寂しかったのだ。
悪戯にでもこうして言葉を掛けてくれることがすごく嬉しい。
でもそれは彼を面白がらせるだけだと分かっているから口にしない。
この口ぶりではどうせ解っているのだろうが、自分が彼の機嫌取りに付き合ういわれもない。

せっかく掴んだ尻尾がスルスルと抜けていくような感覚に脱力した。
普段の仕返しにからかって遊んでやろう、という魂胆はものの見事に崩れ去ってしまったのだから。





  1. 2010/07/06(火) 03:57:46|
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孤高の花1

side-mai



太陽が空高くあがる頃、布団を両手いっぱいにベランダへと出た麻衣は、グレーの手摺りにそれを掛けると大きく伸びをした。

見渡す限り雲一つない晴天。

ついこの間までは上掛けを羽織って同じことをしていたのに、と思う。
ここ一ヶ月で季節は早々に移り変わり、今日はゆるりと吹く風が暖かくも冷たくもない、文句のつけようのない素晴らしい天気だ。
しかし暖かな日差しが降り注ぐ中、暫し眼下を見下ろすと、麻衣は微かに顔をしかめて小さく息を吐いた。
綺麗な空を見ればその琥珀色の瞳は光を反射して煌めくし、緑の香りを存分に含んだ風が全身を撫ぜればうっすらと色付いたその頬は笑みを象り緩む。
こんな日常的にあるほんの些細なことが、ふとした瞬間とても気持ちの良いものだと感じるのは何故だろう。

麻衣にとっては友人たちと過ごす為だけではなく、天涯孤独の身であり支援を受けているが故に学業中心の大学生活。
そして私生活を支える為、毎日のように駆け足で出勤しているアルバイト。
毎日が追い立てられるように過ぎていくのに、そのほんの些細なことを意識して過ごすのは到底無理な話しで。
自分に少しでも余裕があれば、毎日を幸せだと、こうして陽の下に生きているのは素晴らしいことなのだと、ただひたすらに感じることが出来るのだろうか。
沢山の生命に溢れているこの場所で、そうと感じられてはいる人がどれほどいるのだろう。

勿論麻衣自身、そう感じることがないわけでも、幸せでないわけでもない。
朝日を浴びれば今日も頑張ろうと気合いを入れるし、食事をする前には手を合わせて命を頂くことに感謝をする。
眠る時には、また一日を永らえて良かったとも思う。

――ジーンに会えなくなってからは尚更に。

多くの友人たちに囲まれ笑って過ごせる、そんな日々がとても愛しい。
良いことばかりが続く日もないけれど、悪いことばかりが続く日もない。
それはとても幸せなことだ。
しかしそれも、これまたほんの些細な事で応と言えなくなってしまうのだ、今この瞬間のように。


「まぁったく…何考えてんだか、あのワーカホリック様は」


ぼそりとそう呟くと、眼下で硬いアスファルトの上を忙しなく歩いている人々や、無駄に長い列を作っている車から視線を上げる。
今日はとても良い天気で、風だってすごく気持ちが良くて。
洗濯も掃除もとっくに終わったし、あとは半日も残っているこの素晴らしい休日を満喫するだけだというのに。


「休みにまで仕事することないじゃん」


麻衣はサンダルを脱いで部屋に上がると、ベランダ際のフローリングの床に座り込んでアルミサッシから細い脚を投げ出した。
陽の光を全身に浴びるように、少し後ろに両手をついて体重を掛ける。


「どーせあたしのことなんかこれっぽっちも頭にないんだから」


頬を膨らませ、朝から書斎に籠もったまま一度もリビングへと足を運びもしない黒髪の彼を想う。

ずっと構っていて欲しいなんて言わない。
しかし同じ家の中に居るだけで良いのだとも思わない。
それが今日のような休日でなければそうとも限らないが、それでも少しくらい気に掛けてくれても良いのにと思ってしまう。
それを彼に期待するのは間違っているのだと、姉のように慕う人には鼻で笑われたし、自分でもそれは充分に分かっているのだけれど。


「ナルのばか」
「お前に言われるとは心外だな」


馬鹿にしたような声音が頭上から降ってきて、麻衣は、ぎゃあ!と奇声を上げながらぎゅっと目を閉じた。
動く気配のない彼にそうっと目を開け首を反らして見上げると、書斎に籠城していたはずの彼がすぐ背後まで来ていたことに目をみはる。


「どったの」


口の中で小さく呟いた声が聞かれていたことよりも、彼が茶を所望するでもなくリビングに姿を現したことにただ驚く。
問い掛けながら投げ出していた脚を畳むと、ぐるりと彼に向き直り膝を抱えて座り直した。


「休みまで仕事は嫌なんだろう」


悠然と腕を組みながらそう言う彼に頬が引きつる。
いつからいたんだよ、と問うでもなく小さくごちると彼はご丁寧にも、お前が座り込んだ時にはリビングに、と嬉しくもない答えを返してくれた。


「声掛けてくれればよかったのに」


むぅと頬を膨らませると、彼は馬鹿にしたように鼻を鳴らせた。
組んだ腕を解いてその場に片膝をつく彼を睨み付けるが、彼は意外にも微かに笑みを浮かべて首を傾ぐ。
細い指先がスッと目の前に現れたかと思ったら、鼻先をちょこんとつつかれて身体が揺れた。


「あんなふうに呆けていては呼んでも気付かなかっただろうな」


決してつつかれたせいではなく、彼の珍しい行動に僅かに動揺し後ろに倒れそうになるのを、慌てて両手をついて防いだ。
乱れたスカートの裾をさっと整えられ、自然な動作で何故か脚を伸ばされる。
疑問に思う間もなく腿の上に馬乗りになってきた彼にぎょっと目を剥いた。
文句の一つでも言ってやろうかと唇を開きかけたが、先を強請るような視線に溜め息を吐くことでそれを押し留めた。


「呼ばれりゃ気が付くよ」
「へぇ、それは意外だな」


げんなりとそう言うと、お前にもそんな事があるのかと、からかい混じりの視線を向けられ目を逸らす。

彼に呼ばれて気付かないはずなんてない。
そういうこともあるかもしれないが、今日に限ってはそんなこともなかったと思う。
彼の耳に心地良いテノールは好きだし、その声で名前を呼ばれるのも好きだ。
何より、今日は朝から彼が書斎から出てくるのをずっと待っていたのだ。
どうせ夜まで出てきはしないだろうと思っても、それでもやはり、待ってしまっていたのだから。


「ちょっと、ナル重い」
「嘘をつくな」


誤魔化すように身を捩るが実際は彼の言う通りで、重くもなんともない。
寧ろ微かにしか感じられないその重みが物足りないぐらいだった。

道を歩いていても器用に人を避けながら、ソファに隣同士だって気にも留めずに、果てはベッドの上でも頑ななまでの無表情で読書を続ける彼。
それも彼の性分なのだと認識してからは考えるだけ無駄だと、何も感じていなかったはずなのだ。
それなのにいつからか、何故かは分からないけれど、それを寂しいと思い始めて。
そしてそのなんとも言えない感情に、自分が何も感じていなかった訳ではなく、ただ考えないようにしていただけだったのだと気付かされた。


「嘘じゃないっての」
「加減している」


こうして彼が傍に居て、目や耳や肌で自分を認識してくれていることが嬉しくてたまらないけれど、そんな事は言えるはずもない。

懸命に身を捩って逃れようとする麻衣を追い詰めていた彼の動きが突然ぴたりと止まり、顔を上げた。
太陽の光に照らされ顔をしかめたナルが居て、思わず噴き出す。

麻衣はふと焦がされたアルミサッシの熱を指先に感じ、いつの間にか窓際まで追い詰められていたことを知った。





  1. 2010/07/06(火) 03:34:04|
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